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西郷隆盛が安政の大獄による幕府からの追及を逃れるため
奄美大島で謫居(流罪地で潜み住むこと)した場所。
木造家屋が復元され、自筆の書、枕などとともに公開されている。
(家の柱などは当時のままだという)
ここで暮らした3年の間に、西郷は愛加那(龍愛子)と結ばれ、息子・菊次郎と娘・菊草をもうけたが、
召還命令が下ると、妻子を残して島を離れた。

その後、菊次郎は鹿児島の西郷本家に引き取られ、西南戦争に参加するなどしたが
西南の役後は外務省に入り、米国公使館や本省で勤務。京都市長などの任にも就いた。

娘の菊子は、後に西郷隆盛のいとこにあたる大山巌(元帥陸軍大将)の弟の妻となっている。

愛加那はその生涯を奄美で過ごしている。
3番目の画像は愛加那さんのお墓。

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安政6年(1859年)、西郷隆盛が奄美大島に島流しとなり、
西郷を乗せた船が上陸した場所。
1本の琉球松の幹に船の綱を結んだといい、
それ以後、この琉球松は西郷松と呼ばれるようになった。


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