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2011.12.05 楠木正成の像
勤皇の祖とも言うべき、皇居前にある楠木正成の像。

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「草莽崛起」(そうもうくっき) ―団結、行動の時―

幕末の松下村塾主宰者・吉田松陰が用いた考えに、「草莽崛起」がある。「草莽崛起」とは「在野の人よ、立ち上がれ」という意味の言葉で、列強の外圧に晒された幕末の日本人に対し松陰が発した強烈な檄であり、メッセージであった。

「今の幕府も諸侯も最早酔人なれば扶持の術なし。草莽崛起の人を望む外頼なし」(今の幕府も諸侯も、もはや酔っぱらい同然だから救いようがない。 在野の人が立ち上がることを望む以外に頼みはない)

上記の言葉は、安政の大獄により収監される直前に、松陰が書いた書状の中の一節だが、「幕府」を「政府」、「諸侯」を「行政機関」に置き換えてみると、現在の日本にもそのままあてはめることが出来るようだ。

今回の東北地方太平洋沖地震は、地震による想像を絶する大津波、それによって引き起こされた福島第一原発の大事故など、戦後日本が経験したことがない「未曾有」とも言える惨事、混乱を、現在進行形で日本に引き起こしている。避難中に母親と離れた少女が、瓦礫の町を前にして「お母さん、お母さん」と、繰り返し叫びとも嗚咽ともとれる声をあげている場面がニュースで放送されていたが、このような悲劇に対し、時の政府は有効な対策をほとんど打てないでいる。各行政機関、自治体も大きな混乱の中にあり、十全な対応がとれているとは言えないのが現状のようだ。

そんな中、海外メディアは、破滅的な状況に置かれているにもかかわらず、秩序ある冷静な行動をとり続ける日本人(被災者の方たち)を驚きと称賛の声で報じている。その声は、日本と外交対立を抱える中国やロシアを含む様々な国からもあがっているという。(以下、海外で報じられた報道、コメントの抜粋)

「武士道精神の日本が災難に打ち負かされることはない」、「日本独特の栄誉を重んじ、恥を知り、礼を重んずる特性」、「日本はいま、全世界のかわりに最も尊い試練に立ち向かっている」(台湾:中国時報)。

「日本には最も困難な試練に立ち向かうことを可能にする『人間の連帯』が今も存在している」、「ほかの国ならこうした状況下で簡単に起こり得る混乱や暴力、略奪などの報道がいまだに一件もない」(ロシア:タス通信東京支局長)。

「皆が冷静に秩序だって行動していた」「本当に強い国だけがこうした対応ができる」「こうした強さゆえに、日本人は世界で最も厳しい条件の国土で生き抜き、米国に並ぶ経済レベルを達成できたのだ」(ベトナムメディア:在日ベトナム人らの声)。

「大きな災難の中でも秩序意識を失わない日本人に驚きと敬意を表する」(アメリカ:ニューヨークタイムズ)

これらは日本人にとっては当たり前のことなのかもしれない。しかし、海外から称賛された被災地の方々がとった行動、その背景にある長い歴史の中で培われた日本人の精神や文化は、自分たちでは気付かないが、世界に大いに誇れるものだ。

深刻な事態に陥り、最も危険かつ過酷な現場となった福島第一原発に召集された自衛隊員、消防隊員、機動隊員、東電社員、関連会社社員たちは、すべての日本人の為、まさに「決死」の覚悟で任務や作業にあたっている。また、震災を免れた人々の間にも「自分に出来ることはないか」を考え、東北への支援の輪が、日に日に大きくなっているように感じる。国難を前にして「日本人みんなが助け合い、団結しよう」という機運が大きく高まっているのだ。

経済の見通し、復興の先行きなど、今後の日本の未来は、決して楽観視できるものではない。しかし、この国は有史以来、大災害や異国からの圧力、戦争などによる幾多の国難を乗り越えてきた。拝金、功利主義社会に傾いていた近年の日本だが、大きすぎる犠牲を経て、今また一つになろうとしている。必ず「日はまた昇る」。いや、「日をまた昇らせなくてはいけない」。

日本人が一つとなる機運が一時的なものではなく、継続的で、より大きなものへなるためには、何が必要なのか。日本がこの惨事から復活するためには、何が必要なのか。

「在野の人々が立ち上がることを望む以外に頼みはない」。

幕末に吉田松陰が発した日本人への檄は、今の日本に一番必要なことなのかもしれない。(H.K)

http://www.yoshida-shoin.com/torajirou/soumoukukki.html

多数の著名人が眠る東京・青山霊園。
幕末志士たちや関連する人物たちもこの霊園に数多く眠っている。


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大久保利通の墓
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後藤象二郎の墓
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海江田信義の墓
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有村次左衛門の墓(薩摩藩出身の桜田烈士の一人。井伊の首級を上げた人物)
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大鳥圭介の墓
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平井加尾の墓(平井収二郎の妹。坂本龍馬の初恋の人物と言われる)
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東郷平八郎と共に日露戦争の英雄とされ、
高潔な人格者として名高い長州藩出身の乃木希典大将を祀った乃木神社(港区)。
その境内にある「正松神社」(せいしょうじんじゃ)には、玉木文之進と吉田松陰が祀られている。
乃木希典は吉田松陰を追慕し、16歳のときに、
松陰の叔父であり、松下村塾の創始者でもある玉木文之進の門に入り薫陶を受けた。
吉田松陰を深く敬い、玉木から教育を受け、
これが乃木大将の人格形成に大きく影響を与えたということで、
乃木神社戦災復興の際、萩の松陰神社から二柱の分霊を請い受け、
摂社として境内に鎮守されることとなった。




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東京港区にある愛宕神社。

桜田門外の変で井伊直弼を襲撃した水戸浪士たちが事件を起こす前に集合した場所。

勝海舟と西郷隆盛がこの境内を共に歩き、
眼下に広がる江戸の町を戦火にさらさないように談話した場所でもあるという。
その後、江戸無血開城へと繋がった。

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土方歳三が最期まで新政府軍と戦った函館五稜郭。

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東京の高幡不動にある新撰組副長・土方歳三の銅像。

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東京・板橋にある近藤勇の墓。

横には、新撰組二番隊組長で明治まで生き残った永倉新八の墓もある。


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東京日野市にある高幡不動尊(関東三大不動の一つ)。

新撰組副長・土方歳三の菩提寺でもある。

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新撰組局長・近藤勇が斬首された板橋の墓地に建つ近藤勇の石像。

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